字を書くことでそれぞれの願いや、なりたい自分を思い出してほしい

書道家 前田鎌利氏が、市民参加型作品を通して伝えたいもの

HAC参加アーティストの一人、書道家 前田鎌利氏(書家、一般社団法人 継未-TUGUMI- 代表理事)のワークショップイベントが7月22日(土)彦根商工会議所で開催された。内容は、前田氏がHACで展示する作品をここに集まったみんなも参加して一緒に作ろうというもの。これは市民参加型で完成される作品だ。イベント当日のレポートとともに、前田氏が今回の展示を通して伝えたいもの、書道への思いを聞いた。

市民参加型の作品で、次の世代に文化を引き継ぎたい

今回制作されるのは、2017年9月23日から開催される「HIKONE ART CASTLE (通称:HAC)」の彦根城内 天秤櫓特別展にて、前田鎌利氏が展示する作品。
HACに参加する他のクリエイターが自身のアトリエなどで制作を進める中、前田氏は唯一、市民参加型の作品を希望した。

書道家の前田鎌利氏。自身が主催する書道塾「継未-TUGUMI-」の代表理事も務める。

「アート展が始動する前から、企画を考えていました。『彦根に集え!』のイメージで、たくさんの人が集まって築城410年祭にちなんだ何かができないかな、と。彦根にはお城があるし、歴史もある。いくつか考えた案の中から、参加者一人ずつに”幟(のぼり)”を書いてもらうのはどうだろう、と思ったんです。実物大だと大掛かりになるから幟自体を小さくして、書くのは漢字1文字で、と考えてこの形になりました」

幟は赤と黒の2色が用意されていた。参加者は好きな方を選んで、筆と墨を使って文字を書く。

作品は将棋盤を模した25マス×25マスの計625マス、大きさ2.5メートル四方の盤上に、参加者が書いた幟を配置するというもの。イメージは、戦国時代の合戦だ。戦場では、兵士一人一人がどの藩のもとで戦っているかを幟によって堂々と掲げながら、前へ前へと敵を打ち破っていく。
今回のワークショップの参加者に加え、彦根市内すべての小学6年生1038人、全国各地にいる前田氏の生徒さんにも1文字ずつ書いてもらい、合計約1300本の幟ができ上がる。すべての幟を全3回に分けて展示するのだそうだ。

「文字を書く機会が減ってきている今、どうやったら書いてくれるだろう?と考えました。僕は、”日常に根ざした文化=日本の文化”だと思っています。手書きで文字を書くことが改めて文化になっていくように、そこに焦点を当てました。今の小学校では、習字は3年生から、歴史の授業は5年生から始まるんです。でも、教室で習うことだけが全てじゃない。この作品をきっかけに、例えば『彦根では、毎年小学6年生になったら彦根城の天秤櫓に自分の書いた字を飾ってもらえるんだよ!』なんて形になって、続いていけばいいなと思います」
作品のコンセプトは、次の世代に文化を継いでいくこと。書とは歴史にふれること、こういう活動が全国で広がっていけば、と前田氏は話す。

「”好きな漢字1文字”としたのは、その1文字に書いた人の『念』が込められるからです。念い(おもい)とは強い気持ち。『信念』『念願』という言葉にも使われています。字を書くことでそれぞれの願いや、なりたい自分を思い出してほしい。例えば、人の名前には親から子供への思いが詰まっています。だから名前を書くのは、親からの思いを書いているのと同じことなんです」

手元には、前田氏が主催する書道塾の生徒さん達の書が集まる。

線の強弱や、払い方に個性が表れる一枚。

この『正』という字は、書いた方のお父さんの名前だそう。病気のお父さんに頑張ってほしいという願いを込めて、花が咲くようなイメージで書かれたのだとか。

1字ずつ指差しながら解説を聞く。どの字にもストーリーがあって面白い。

「これは、2歳の子が書いた『木』の字です。すごく力強い。書体も書き方も自由です。武将の旗印と同じように、幟に書かれたひとつひとつの書が主役なんです。書は、上手いか下手かで見られることが多い。でも僕は、そこにどんな思いが込められているか、何を思って書いたかを感じ取ってほしいと思っています。展示を見に来てくれた人が1文字ずつじっくり見て、自分の好きなものを見つけてくれたら嬉しいですね」

一字一字、角度や余白の使い方までまったく異なる書が並ぶ。

確かにこれだけたくさんの書が並ぶと、同じ1文字でも書く人のとらえ方や持っている雰囲気によってかなりのバリエーションがあることが分かる。
「文字には書いた人の性格やその時の感情が表れる。まるで、書いた人の顔が並んでいるようです」
この人は、この文字は…という前田氏の解説はどんどん続く。きっと、本当に一人一人の顔が見えているのだろう。上手い、下手以外の「書」というものの見方が、少し分かったような気がする。

文字全体でお城を表現、彦根には思いがけない縁も

前田氏と彦根の出会いは、2016年。年始に彦根商工会議所の依頼で「不易流行」の書のパフォーマンスを披露したのがきっかけだ。不易流行とは、いつの時代においても変化しない本質的なものを追求しつつ、これからの未来へとつながる新しい価値を創造するということ。アート展のテーマである「城・戦国江戸期の不易流行表現」にも取り入れられている。

今では毎月1回、ここ彦根商工会議所で書道塾を開く前田氏に、改めて彦根のイメージを聞いてみた。
「僕はもともと福井県出身なんです。小学校の遠足では彦根城に来ました。帰ってからみんなで、彦根城の絵を描いたのを覚えています。だから彦根はそんなに遠い存在ではなかった。これは後で分かったことですが、僕が書道を習っていた師匠は、ずっと元をたどると明治時代に活躍した彦根の有名な書家、日下部鳴鶴(くさかべめいかく)の系列の人だったんです。何か、縁を感じました」

現在、彦根市内で開催されている「国宝 彦根城 築城410年祭」のタイトルも前田氏の書によるものだ。

彦根市内の商店街などには、築城410年祭のタイトルとロゴマークの入った旗が立てられている。

独特のバランスと勢いがある「彦根城」の文字。角度をつけた斜めの線が印象的な「彦」の字はそびえ立つ彦根城の天守閣を、包み込むようなカーブを描く「根」の最終画は県の中心にある琵琶湖をイメージして書かれたそうだ。そして、末広がりにまとめられた文字全体ではお城の石垣が表現されている。説明を聞くと、とたんに1文字ずつが意思を持って、こちらに語りかけているように見えてくる。言葉の意味と、形の印象。二つの要素をミックスして受け取れるのが、書の醍醐味なのかもしれない。

「文字を書くことは自分と向き合うこと、書道は自分を内観するためのツール」

文字には必ず、読み方と意味がある。ある文字をパッと見た時、多くの人がまず最初に受け取るのは、言葉の印象ではないだろうか。字を「読む」ことに慣れた私たちに、書をアートとして「見る」ことができるのか。前田氏の思いを聞いてみた。
「書は、アートです。まず文字が持っている意味合い自体が作品のコンセプトに、次にその文字を書く時にどう表現するかがアートの考え方に繋がる。こうやって見る側にも、場面場面によっていろんな見方ができます」

ずらりと並んだ作品を眺めるその視線は、「字を読む」よりも「絵を見る」に近いように感じられる。

さらに、文字を書くことは自分と向き合うこと。書道は自分を内観するためのツールだと言う。
「毎日の繰り返しの中で、何か一つのこと、特に自分の心の中にあるものについて、深く考える機会ってあまり無いと思うんです。いろんな情報が大量に行き交う現代で、考えた”つもり”になっていることは多いのではないでしょうか。今、自分が伝えたいことは何なのか、誰に伝えたいのか。文字にすることで、自分が本当に願っていることや考えていることに気づけるとのでは、と思っています」
確かに文字を書くのは、手紙だったり伝言だったり、たいていの場合誰かに何かを伝える時だ。自分の思いがしっかりと伝わるように、あらかじめ何を書くか、どんな風に書くかを考えなければならない。

「昔の人は、手紙をひとつ書くために硯で墨をすり、その時間が自然と相手のことを考える時間になった。今の私たちが面倒だと思う時間ほど、大事だったりするんです。所作とは、それをするために本当は必要なはずの”時間”をつくるためのものです」
書く前に硯で墨を磨る所作、合間合間に筆を墨に浸す一瞬。メールを一通打つのよりもずっと時間はかかるけれど、その分、思いをめぐらせる時間も増える。

この日、前田氏が着ていた浴衣は、自身が書をしたためた100メートルの反物を浴衣に仕立てたもの。この世に9着しか存在しないのだとか。

「2020年のオリンピックは、海外の人に日本の文化を知ってもらう良いきっかけになる。そういう意味では、彦根は恵まれていると思います。街の中心にお城があって、そこにしっかりと歴史があって。そういうのが無いところでは、何かやろうと思ってもなかなか難しいですから。地元の人も、発信する側として自分が住んでいる土地の文化や歴史にふれるいい機会になるのでは」

海外から見て、書道は日本の文化になっている?という質問には、
「海外では『アジアの筆文化』とういう風に捉えられています。漢字は中国のイメージも強いけど、仮名文字があるのは日本だけ。日本にしかない個性もあります」という答え。誰かに伝えるために、改めて自分たちの良さを知る。忘れがちだけれど、とても大切なことだ。

何の字を書くか、どんな風に書くか「考える時間」を楽しむワークショップ

ワークショップが開かれたこの日に、前田氏が主催する書道塾「継未-TUGUMI-」の彦根校も開催された。この書道塾は、北は山形から南は福岡まで、全国各地で15校を開催中。現在、約600名が参加している。
「みなさん、最近文字を書きましたか?メールやSNSばかりじゃないですか?」という言葉で始まったこの日は、15名ほどが参加。

日本の伝統文化である「書」を未来を担う子ども達へ、そして世界へ継いで行く事を志とすることから「継未」と名付けられた書道塾。

前回の授業で「次は浴衣で参加しましょう!」という呼びかけがあったようで、参加者にも浴衣姿の方が目立つ。10月の彦根教室では、全国の生徒さんが彦根に集まって、でき上がった作品の展示を見に行く予定だ。

教室の前半部分を使って、アート展に向けたワークショップが行われた。あらかじめ考えてきた1文字を、全員が一斉に書き始める。最初は半紙への試し書きから。

これと決めたひと文字でも、書き方を変えたり、濃淡をつけてみたり。

「1文字っていうのが難しいね」という参加者の声にもうなずける。一人一人の作品が出来上がっていくのを見ていると、先ほどの前田氏の言葉通り、その時間がそのまま「考える時間」になっていることがよく分かる。

書く合間に墨を磨る時間も大切な、考えるひと時。

一画ずつじっくり書いている人は、今どんな形にしようか考えているんだな、というのが見るだけで伝わってくる。

参加者全員が、「書くこと」を難しく考えないで自由に表現している。そして次々と、個性豊かな作品が仕上がっていった。

濃淡が美しく動きがある文字からは、しとしとと雨音まで聞こえてきそうだ。

「2ヶ月ぐらいずっと、どんな風に書くか考えていて。その時間がすごく楽しかった。私は漢字が好きなので。1文字をどれにしようか考えている時に、ちょうど雨が降ってきたんです。雨は嫌いだけど、字は面白いなと思ってこれにしました」

説明を聞くと、考えて書く時間そのものを楽しまれていたことがよく分かる。

「”無”の字は、自分の中では戒めです。何かを始める時は、一旦”無”にならないといけない。それを自分に言い聞かせるために書きました」

今日書いた作品を並べて、全員で鑑賞。みんな他の人が書いた1文字に興味津々だ。

「書道は学生の時にやっていて、それから数えると30年ぶり」という方や、ご自身が書いた字のくさかんむりを指して「この部分をひこにゃんの兜に似せてるんですよ」と教えてくださる方も。そんな遊び心を取り入れるのも自由だ。

でき上がった作品が展示されるのは、2017年9月23日(土)から12月10日(日)まで。場所は彦根城の天秤櫓が予定されている。それぞれに違う文字を掲げた数百本の幟が、巨大な盤上で合戦さながらに入り乱れて配置される様子は圧巻だろう。どれが好きか、そこから何を受け取るかをじっくり考えながら鑑賞できる日が、今から楽しみだ。

Date