この夏、滞在型アートプログラムに参加した学生たちはどんな日々を過ごしたのか

彦根での濃密な一週間。彼らが彦根にもたらすものとは?

2017年8月21日、「HIKONE STUDENT ART SCHOOL」が幕を開けた。全国からの応募者65名の中から選ばれた美術系の学生20名が彦根に集い、9月のアート展に向けて一週間、展示計画を練った。連日プロのクリエイターによる講義を受け、新たな視点を得ながらフィールドワークを進めていく。その現場には、いったいどんな空気が流れていたのだろう。滞在も終盤にさしかかる5日目の夜、参加者たちに話を聞いた。

全国の美大、芸大から20名が集結

今回彦根に集まったのは、男性14名、女性6名の20名の学生たち。それぞれ東京藝術大学や筑波大学、武蔵野美術大学、京都精華大学、京都市立芸術大学……といった美術系の学部生から院生まで、専攻もファインアートからメディアアートと、年齢も分野も異なるさまざまなメンバーが集った。

「知らない人ばかりだし、初めはうまくやってけんのかなってどきどきしながら来た」という学生もいれば、「いつもは美大で女子の方が多いので、ここへ来たら意外にも男が多くてびっくり。おかげですっと馴染めて余計な緊張感なく居られた」と話す男性も。

学生たちは、全員が「HIKONE STUDENT ART AWARD」のファイナリスト。9月23日〜10月1日に彦根市内で行われるアート展に出品することが決まっている。彼らの彦根滞在期間中の最大の目標は、具体的にどんな作品をどんな風に設置するか展示計画を練ること。展示会場は中心市街地にある「宗安寺」、ギャラリー「寺子屋力石」、「スミス記念堂」屋外スペースの3カ所で、各自選ぶことができる。

宗安寺の住職に、学生たちが各自の展示計画をプレゼンする様子。

午前中はプロのクリエイターによる講義やワークショップを受け、午後は会場の下見や、彦根の街を歩くなどテーマに沿ったフィールドワークを各自で行う。残りの時間で計画づくりに取り組むというなかなかのハードスケジュール。
夜には、彼らが寝泊まりしていた「本町宿」で毎日のように懇親会が開かれ、滋賀大学や滋賀県立大学など地元の学生や市民も参加して活発な交流が行われた。


毎日、「NPO芹川の河童」の皆さんの協力により食事が賄われた。

彦根を舞台に、学生が作品づくりをする意味

映像や写真などのメディアアート、ワークショップ型の作品など、学生たちが制作する形態はさまざまだ。アワードのテーマは「不易流行」。古くからある伝統や本質的なものを追求しつつ、未来へつながる新しい価値を創造するという意味を含む。

彦根の伝統産業、仏壇づくりの技術を生かした作品を検討していたのは、筑波大学の安田泰弘さん。
仏壇制作には、漆塗り、蒔絵、金箔押しといった工程が含まれる。安田さんが考えたのは、地元の職人に協力を仰ぎ、子どもたちとともに琵琶湖で拾ってきた石に漆や金箔を施して、半分は手元に残し半分を琵琶湖に捨てるという体験型のワークショップ。すでに仏壇制作の現場を訪れ、漆塗りや金箔押しの職人に協力を取り付けたという。

ギャラリー「寺子屋力石」で作品の計画をプレゼンする安田泰弘さん。

「職人さんたちには、漆や金箔がどれだけ高価か分かってるんか、捨てるなんて無礼千万と言われましたが、漆や金箔の良さってなかなか箸に塗る体験だけではわからないと思ったんです。だけど大事に漆を塗って、金箔を押して……とやった後に捨てるとなると、捨てるその瞬間に価値がわかるんじゃないかって。その葛藤を写真やムービーなどアーカイブにして展示したい。そう説明したら、最終的にはOKいただいて、漆や金箔も提供いただけることになりました」(安田)

大切なものを「失う」という行為を通じて、その物の価値を感じてもらう。とてもアートらしい作品だ。展示会場となる「寺子屋力石」のオーナーも、寺子屋に通う塾の生徒に声をかけてみてくれると約束してくれた。

「学生が参加していることの意味ってそういうところにあると思うんです」と、HAC総合ディレクターの酒井博基さん。
「常識を逸脱した考え方は、よそ者であり学生だからこそ生まれるもの。だから怖いものなしで無茶もできるし、すっと地元の人たちの懐に入っていくことができます。利害関係ではなく、彦根の伝統産業の良さや価値を知ってほしいという思いだけが純粋にあるから、地元の人たちも協力しようという気持になっていただけるんじゃないかと思います」

左一番奥がHAC総合ディレクターの酒井博基さん。

別の学生は、地元の編集者に話を聞きに行き「その彦根に関する知識量の豊富さに衝撃を受けた」と話した。
「もっと早く来いよって6回くらい言われて(笑)。その方の彦根への強い思いも感じたし、作品に期待されていることもわかって。彦根で作品をつくるってそういうことなんだって、改めてすごいプレッシャーを感じました」

学生が地元の人たちに積極的に関わる中から、一つ一つは小さくても、ともにつくりあげていく感覚や地元密着の動きが生まれる。やがてはそれが彦根市民の心に響くものになっていくのかもしれない。

ファインアートとメディアアートの接点に。
違いと良さに気付き、作品が研ぎ澄まされていった

同じ美大・芸大生でも年齢やジャンルの異なるさまざまな人が集まったため、参加者同士の交流も大きな刺激になったと、ある学生は言った。
とくにファインアート(手を動かしてつくる絵画や版画、彫刻など)とメディアアート(映像や写真などデジタル手法を主とする)を専門にする学生の間には、普段なかなか接点がなく、互いに憧れやコンプレックスをもっていることが多いという。

武蔵野美術大学の鹿島理佳子さんは、油絵学科に在籍する一人。
「今回の参加者にはメディアアートをやっている人が多くて、最初はほんとにびびってました。京都の人も多いし、関西弁だし(笑)。私たちのようなアナログな人間からすると憧れがあるんです。こういうことできたらいいなってことをパソコンでぱぱっとできちゃうし、仕事にしている人もたくさんいてすごいなぁって」

それでも、お互いの分野のことを伝え合ううちに、共通点や違いがあぶり出されていったという。メディアアートを専門にする市川稜さんは、こう話す。

「ファインて全然違う世界だと思っていたんですが、世の中のいいと思うものを切り取って作品にしているってところではみんな同じだなと気付いたんです。僕でいうとカメラを通していいなと思う瞬間を撮るし、油絵の人だって筆で同じことをしているんだなと」

それと同時に、自分のやっていることの危うさにも気付いたという。

「普段クライアントワークをやることも多いんですが、それって投げられる玉を打つ作業なんです。相手の要望に応えたり、こういう流れにすれば盛り上がるという方程式があってその通りにつくっているような。でもゼロから作品をつくるとなると、自分の内側から出てくるものを形にしなきゃならない。それに慣れていないことに気付いたというか。みんなはどういうものをつくりたいって作品の説明をするのに、僕はどういうものをつくってきたかは話せるけど、つくりたいもののコンセプトとか、作品として大切な部分の話ができていないなって。ここへ来て気付きました」

そうした違いに気付いた後は、互いにどんどん研ぎ澄まされていったのだそう。自分のやっていることの良さにも気付き「絵が描けないなら自分なりの方法でやろう」「パソコンができないからこうしよう」という風に。

クリエイターとして生きるということ、作品への向き合い方。
あらゆることを考え、自分とも向き合った7日間

参加したきっかけは、人それぞれだ。
「卒業制作をどんなものにしようか悩んで」「作品を展示する場がほしかった」「何かしなきゃという焦燥感」「普段接しているコミュニティとは違う人たちと接したかった」。

初めはぎこちなかったメンバーも3日目頃からは親密になってきたと、インターン生として携わった滝本愛弓さんは話す。彼女自身が京都造形大学の4年生。学生に近い立場でみんなのまとめ役を担ってきた。

「4日目の講師だったやんツーさんの話や、5日目の牧さんの話にみんながぐっと引き込まれていたのがわかりました」
アーティストであるやんツー氏は、作家であることを職業として生きる際のお金の話をリアルにしてくれたという。さらにクリエイティブディレクターの牧貴士氏と酒井氏の講義では、作品づくりに向かう精神面にも話が及んだ。

写真中央が滝本愛弓さん。持ち前のキャラクターでみんなの取りまとめ役を務めた。

「過去に自分に起きたことが、今の自分の作品づくりにつながっているという牧さんの話にみんな真剣に聞き入っているのがわかりました。その後いろんな質問や意見も出たし、スクールが終わった後もお互いに自分の話をしていて、ここでぐっと関係性が深まった気がします」(滝本)

武蔵野美術大学4年生の菊地風起人さんは、「半年先はまだもやもやしていて見えないけど、その先の将来はすごく明るいと感じられるようになった」と話した。

「ある話をした時、やんツーさんに、君の考え方は正しいって言ってもらったんです。その気持さえあれば99パーセントアーティストとしてやっていけるって。僕はアーティストになろうと思っているわけじゃないけど、自分が無意識にもっていた考え方が間違っていないと思えたというか。半年後のことは相変わらずもやもやしているけど、その先はすごく道が開けているような気が今はしています」

今回の滞在終了から約ひと月後の9月23日には、再び同じメンバーが、それぞれの作品を持って彦根に集う。彦根で得た多くの出会いと、それぞれの思いをぶつけ合って志を強くした7日間。彼らはいったいどんな作品を彦根に持ち寄ってくれるのか。
今年が記念すべき第一回目となる作品展「HIKONE STUDENT ART EXHIBITION 2017」とアワードに期待したい。

最後の夜は、その日講師を務めた大原大次郎氏や、アワードの審査委員を務めるCEKAIの井口皓太氏も駆けつけ、盛大な交流会が開かれた。

郷土食を取り入れた地元のお母さんたちの手によるごはんはどれも絶品。交流会のたびにお酒もふるまわれた。

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