大原大次郎氏の、言葉から一枚のイメージをつくり出すワークショップ

言葉のもつ可能性と限界。手や身体でリアルに感じることの大切さ

2017年8月22日〜27日の6日間、「HIKONE STUDENT ART AWARD」の一環で「HIKONE ART SCHOOL」が開催された。アワードに参加する20名の学生たちの彦根滞在期間中に合わせて、第一線で活躍するプロのクリエイターを招いての講義やワークショップを開催。学生のみでなく、一般の彦根市民も参加できるオープンな形で行われたこのプログラム。ここでは9月26日(土)の、グラフィックデザイナー大原大次郎氏によるワークショップの模様を紹介する。

「言葉で綴られた指示書」から一枚の写真を完成させる

午前10時。スクールの会場となる商工会議所の会議室にはぞくぞくと人が集まり始めた。
この日はアワードの参加者のみでなく、彦根市の一般の方からも数名の応募があり、学生に混じってワークを行った。

講師を務める大原大次郎氏は、タイポグラフィを基軸としたエディトリアル、CI、宣伝美術、パッケージデザインなどを行うグラフィックデザイナーで、言葉や文字の新たな知覚を探るプロジェクトを展開している人でもある。

行われたのは、文字で書かれた指示書をもとにグループで写真を撮影して完成させる「写協」と呼ばれるワーク。各チームに配られた4枚の指示書には、通常、制作現場でアートディレクターが口頭で説明するような内容がこと細かに説明されている。写真の構図、モデル、モデルが着ている服、背景、小道具……。簡単に説明すると写真には少年が2人、著名なアーティストの名前入りのTシャツを着て映っている。ただし、二人とも顔が見切れているらしい。指示書には他にも細かな説明の記述が続く。これをチームごとに再現しようというのだ。

「誰がどの役割をやるか役割分担やどんな手順で進めるかも皆さん自身で決めてください。1時間半後に完成した写真データを送っていただいて完了です」(大原)


4〜5人で1組になり、全部で6チーム。指示書を読み込む間、静かな時間が流れていた。やがて会場はざわつき始める。

同じ指示書からできた作品の多様さ

「まず、撮ってからトリミングすればいいよね」
「Tシャツの絵柄はどうする?」

小道具を手にすぐに制作し始めるチームや教室の外へ撮影に出ていくチーム、いつまでも話し合いの続くチーム。それぞれの形でワークが進んでいく。

「しっかり段取りを組んで進めてもよいですが、早い段階でシャッターを切ってトライ&エラーを繰り返し完成度を上げていくのもお勧めです」と大原さん。
この言葉に、一斉にみな動き始めた。



撮る際の雰囲気づくりも大事。モデルが「もっと笑わして!」「あ、まだまだ。気持の準備ができてない!」となりきる様子も。

Tシャツの絵柄一つも、紙で切り貼りしたり、初めからパソコン上で描くなど作業工程も違っている。あるグループでは、合成に苦心して試行錯誤を繰り返す。

Tシャツの柄を紙に書いて貼り付ける。

Tシャツに直接サインを書き込む。

パソコン上で合成。楽しげな雰囲気をつくるためにBGMをかけるグループも。

制限時間の1時間半はあっという間に過ぎ、全チームが何とか無事にデータを送り終えた。
ここで大原さんが披露したのが、正解の写真。ミュージシャンSonic Youthの『Washing Machine』のジャケットに使われた一枚の写真だった。

発表では、各グループの写真を一枚ずつ全員で見ていく。
合成レベルの高いものから、コピペしただけの雰囲気の残る写真も。見ている側からも「お〜〜」と歓声があがったり、大きな笑いが起こったり。

出来映えはさまざまだが、大原さんは、正解の写真に近いことへの評価だけでなく、「本物より楽しそう」「独特の味わいがありますね」と指示書通りでない部分にも良さを見つけていく。

「Tシャツの色味が本物に近い。シャツのよれた感じも良くできてますね」

敢えて顔を見せた作品。「正解よりもいい味わいが出ている」と大原さん。

「このワークを通して着目していただきたい一つは、写真撮影そのものよりも指示書づくりの方です。同じ指示書からこれだけ違うものができてくるという事実や、言葉で表現することの難しさ、言葉の大切さを知ってほしい。その一方で指示書に忠実でなくても、制作過程の偶然性によって、よりいいものができる可能性があることを感じていただけたんじゃないかと思います」

言葉より、身体感覚の方がリアルに伝わることがある

この日行われたワークはもともと大原さんたちが別の場でも行っている「全身演習」と呼ばれるプログラムの一つだという。ワークショップ終了後、大原さんに話を伺った。
全身演習とはいったい何か。

「デザイナーを目指す人に限らず、いろんな職業や年齢の人が集まる場でやっているプログラムなんです。感覚を開いたり、鍛えたり、呼び起こすような。例えば大人になると、穴を掘ったり手を動かして遊ぶなど、何かを体で感じる機会が減りますよね。これを“手遊び”と呼んでいるのですが、敢えて真面目に手遊びすることで、子どもの頃に感じた感覚、どこまで土を掘るとひんやりするのかといった記憶を呼び起こすようなことをさまざまな形で行っています」

人の記憶は、頭や言葉で理解していることより、手や身体で覚えていることの方がリアルだ。匂いや手ざわり、味、音、冷たいと感じる感覚。

「穴を掘る時のだんだん土がひんやりしてくる感覚って、数字で温度が何度と言われるよりもずっと伝わりやすかったりしますよね。頭や言葉で考えるより、全身で捉えることや感じることを大切にしたいという意図があります」

言葉は人間にとって優れた道具である一方で、ものごとを限定的にしたり、余白がなくなるなど縛りもある。ものづくりをする際、ディレクションする言葉は重要だが、それと同時に体で感じるもののパワーを知ることも大切だ。

「例えば今日のワークでも、設計図に忠実につくったものが必ずしもいい作品とは限らないことがわかったと思います。顔が見切れているという指示なのに、思いっきり顔を映すことで正解からは外れているんだけど、よりいきいきしたものができたりする。実際の制作現場でも同じようなことが起こります。そういう感覚を身体を通して捉えていく演習ですね」

普段、接することのないスピード感と刺激

一方、地元から参加した人たちは、このワークをどう思ったのだろう?
彦根で古本屋「半月舎」を営む上川七菜さんも参加者の一人。こう話してくれた。

「この講座のことは偶然インターネットで見つけて、わぁ面白そうなのある!ってすぐに申し込んだんです。彦根でこういう雰囲気のワークショップってなかなかないので。来てみたら圧倒されているうちにどんどん物事が決まって私は何もできなかったんですけど(笑)、楽しかったです!スピード感やエネルギーをすごく感じられた場でした。普段彦根にいると、ゆるく生きているので(笑)」

古本屋「半月舎」を営む上川七菜さん。

もう一人。村林里恵さんは、滋賀県立大学で生活デザイン学科を専攻している3回生。ワーク終了後、彼女は少し呆然としているようにも見えた。

「いやもう…圧倒されました。技術、機転、発想…とすべて皆さん回転が早くって。指示書にあったような体型の男性がチームにはいなかったんですけど、じゃあ女性にサラシ巻いたらどうやろうとか次々にアイディアが出てくるんです。自分からはまず出ない発想だなって。Photoshopでも全然知らないような技術をみんなどんどん使っていて。レベルが違いすぎて、はぁって感じもしたけど、来てみてほんとによかったです。普段知らない世界を知ることができました」

滋賀県立大学で生活デザイン学科を専攻している村林里恵さん。

今回参加しているファイナリストの中には芸大生もいれば、メディアアートの分野ですでに多くの仕事をこなす学生もいる。技術力の高さ、センス、発想力。普通に暮らしている中ではなかなか接点のない相手なのかもしれない。
一方でクリエイティブな発想は、必ずしもアートやデザインに関わる人たちだけのものではない。日常の雑事から離れて、感覚をフルオープンにし世の中を真新しい目で見ること。アートやクリエイティブに関わる時間は、社会で働く一般の大人にとっても貴重な機会でもある。

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