自分が見たい世界をつくる

仏像制作の技術を駆使し、ゲームやSFまで縦横無尽に表現する彫刻家・淺野健一氏

2017年9月23日から12月10日にかけて、彦根城を舞台にアートイベント「HIKONE ART CASTLE 2017」が開催される。なかでも「天秤櫓特別展」では、国宝・彦根城築城410年祭のプロモーションムービーなどの制作に関わった4組のアーティストが「城・戦国江戸期の不易流行」をテーマに彫刻やイラスト、メディアアートなどの作品を展示予定。参加アーティストの一人、彫刻家の淺野健一氏に、作品について、創作の源泉、作家としての歩みなど多岐にわたり話を聞いた。

二つの世界の境界線にある、お面

今回、「HIKONE ART CASTLE」(以下、HAC)にはどんな経緯で参加されることになったのでしょう?
淺野
CEKAIのメンバーの一人が2016年の作品展「monstrum」を見てくれていて、プロモーション映像をつくる際に声をかけていただいたんです。映像の制作には直接携わっていないのですが、2種類のお面を使っていただきました。
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AVATAR25(2015)。

作品「AVATAR19」(2015)。狐と人の顔を合わせた能面。

完成した映像をご覧になって、いかがでしたか。
淺野
初めの印象は派手だなぁと(笑)。でも、お面をうまく使ってくれているなと感じました。もともとこのAVATARシリーズは、初めにつくったのが面取りの能面で、バーチャファイターのような3Dの格闘ゲームのポリゴンをイメージしてつくりました。キャラクターを選んでゲームの世界に入っていくのと、お面をつけて能の世界に入っていくのは同じことだなと思ったんですね。両方とも変身するためのアイテムで、二つの世界の境界線にある。

プロモーション映像の中で、女性がつけている能面に描いた花は、棺(ひつぎ)の中に添える死の花のイメージ。もう一つの世界に入っていくってことは、現実世界での死を意味する。お面が生と死、夢とうつつの境界線になっていることに興味がありました。

作品全体を通して、「生と死」や「憑依」「一体化」といったテーマが多いですよね。
淺野
そうかもしれないですね。すべてではないですが。子どもの頃に連れていかれたお寺や神社のもつ雰囲気がそのベースにあるというか。人の祈りや呪いが込められた場所、その空間の緊張感や神秘性みたいなものに惹かれたんですね。

日本の伝統技術、仏像修復から得た手がかかり

もう早い段階から、彫刻家になろうと決めていたんですか?
淺野
高校を選ぶ時点で何か面白いことがしたかったので、普通科ではなく美術科を専攻しました。彫刻を選択したのは3年生の時。絵がうまくなかったこともありますが、当時から彫刻が一番面白いと感じていました。
高校卒業後も愛知芸術大学で彫刻を選ばれたのですよね。ずっと彫刻一筋ということですが、ひと言で彫刻といってもいろいろ種類がありますよね。
淺野
そうですね。何となく木を彫るのが好きだなとは思っていましたが、4年生になって仏像を彫ってみたいと思うようになったんです。大学院に入ってからは「文化財の保存修復」として仏像修復の基礎を学びました。はじめは蓮の花をつくるところから下地をやって黒漆を塗って金箔を押すまでの流れを体験します。その後、自分で不動明王を彫ったりして。仕事としても仏像修復を手がけるようになっていったんです。

学生時代に掘ったという不動明王。

淺野さんの作品はゲームやSF、アニメーションをモチーフにして、木彫りや漆、ニカワなど日本の伝統技法を用いて表現するところに特徴がありますよね。そうした技法は仏像修復から得たものでしょうか。
淺野
そうですね。伝統的な製法を学んだことがバックボーンになっていると思います。日本で彫刻というと、仏像、お面、人形。その後入ってきたのは西洋的なものですが、西洋の自由な彫刻の世界では手がかりが掴めなかったんだけど、仏像を彫る方法を学んだ時にすごく利にかなっていると感じたんです。

例えば材料一つとっても、ボンドなど新しい素材はいつ朽ち果てるかわからない。その点、漆やニカワは、何百年、千年以上の年月を経て今もしっかり残っているので心強い。朽ちていく過程も美しくあるように、できるだけ変な素材は使わないようにしています。

それだけ歴史や伝統のある日本の技法と、新しいゲームやアニメの世界をかけ合わせるのは勇気のいりそうなことにも思うのですが。
淺野
特にそんな風に思っていなかったな……。伝統的な手法を使う方が、作品もちゃんとして見えるかなとは思っていました。ただ、仏像修復の仕事をしていると、つくり手しか見ないような部分に卑猥な落書きがしてあったりするんです。つくった人たちは、まさかその仏像が国宝や重要文化財になるなんて思いもせずにつくっていたんだろうってことがよくわかる。神聖なものとして人々が手を合わせてきたものだけど、結局人間がつくるものなんていつの時代も変わらないなと思うと、変にかっこつけたり美化したりせずに、つくりたいものを自由につくる方がいいなと思ったことはあります。

大きな作品をつくる場合はまずは小さなサイズで模型を彫ってからそれをピースごとに数倍にして制作する。

愛知県名古屋市の郊外、自宅向かいにアトリエがある。

第三者の評価より、自分が興味を持ち続けられることが大事

今回HACで展示されるのは、どんな作品ですか?
淺野
7年ほど前に発表した「金剛力士像」を、より精度を上げて出品したいと思っています。以前納得いってない部分があってもう一度出したいと思っていた作品なので。これから色を塗ったり目を入れたりするつもりです。

初めて個展を行われたのが2006年ですよね。いつ頃から本格的に作家としてやっていこうと決められたのでしょうか。
淺野
じつは学生の頃は、卒業したら就職しようと思っていたんです。当時お世話になっていた教授の縁で仏像修復をやって働けそうな場所もあって。でも卒業制作で「能格」という作品をつくっていた時に結構いいものができそうだなって手応えを感じて、もっとつくりたいという制作意欲が沸いてきたんです。
そこで作家意識が芽生えたんですね。就職しないで作家としてやっていくことに不安はなかったですか。
淺野
そもそもすぐに食べていけるとは思っていなかったですからね。週4日はバイトのような感じで仏像修復の仕事をして、残りの週3日、制作活動をしていました。

そもそも、作品って1〜2年で簡単に評価されるものではないですし、まずは誰かに評価されることよりも自分がつくりたい気持を維持できるかどうかが重要です。まぁ30過ぎて誰からも求められないと辛くもなるし、僕自身も毎年今年こそはと思ってきたところもあるけど、振り返ると作品をつくることって、クレバーだとやっていけないと思うんです。単純な足し算引き算では計れない、そういうものを圧倒的に超えた世界にあるというか。

自分が見たいもの、人を驚かせるようなインパクトのあるものをつくりたい

淺野さんの場合、作品づくりのモチベーションはどこにあるんですか?
淺野
まず自分が見たいものをつくりたいってことが一番にあります。木を彫ることは好きですが、極端に言えばお金があって誰かが彫ってくれるならそれでもいいというか。つくるよりも、見たい気持ちの方が強い。大事なのはアイディアやイメージだと思っています。

今はロボットをつくっている人に技術協力をお願いして、作品を動かせるようにしたいと思っているんです。ロボットって大抵は金属系のボディだけど、すべて木のボディにして。“木”だからとか“手仕事”だからではなく、新しい技術と伝統技法を使って新しいものができることにワクワクします。最終的には手で調整しなければならないですが、今後は造形をパソコンで行うデジタルスカルプティングを使いたいと思っています。

極端に言えば、木を彫る彫刻家でなくてもいい、と。
淺野
そうですね、彫刻家であることにこだわりはなくて、多くの人を驚かせるようなものがつくりたい。そういう意味では、メディアアートへの憧れはあります。新しいことがどんどんできるし、広告や展示映像など使い道も多いし、羨ましいですよね。その点僕らがやっているファインアートって、もう何百年も前からギャラリーで見てもらって買ってもらって……という発表の仕方しかなくて。逆に、いまだにそんな方法しかないのかよって歯がゆさもあります。だから人の驚くようなものやインパクトのあるもので新しい発表の仕方を開拓するようなことがしたい。

フランスに「ラ・マシン」という人の乗れる巨大な機械仕掛けの造形を公の場で披露する工房があるんですが、それと同じように人の乗れるもの、動くもの、見る人が参加できるものといった、コミュニティアートのようなことをやってみたい気持もあります。

今回の展示のテーマ「不易流行」に通じる話でもありますよね。お話伺って、これからますます淺野さんの作品が楽しみになりました。
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