金箔押しで伝統工芸の体験を。彦根仏壇の現在、過去そして未来

江戸時代に始まる彦根の仏壇づくり

仏壇と聞いて抱くのはどんなイメージだろう?
仏教、線香の香り、おばあちゃんち……。
ふだんは縁遠い存在かもしれない。ただし、彦根に来るとちょっと違う見方ができる。
この地で作られる仏壇「彦根仏壇」は、仏壇仏具としては初めて国の伝統工芸品指定を受けた地域ブランドなのだ。

「日本の伝統工芸の技が集結した芸術品として見ると、おもしろいですよ」
と教えてくれるのが、「井上仏壇」の井上昌一さん。

1901年創業の4代目。大学を卒業後家業に入った

井上仏壇は、彦根駅から歩いて20分ほどの「七曲り通り」にある。
かつて彦根城下と中山道を結んだ街道で、彦根仏壇の製造・販売に携わる店や工房が軒を連ねている。
店内には、金仏壇といわれる、全体が黒の漆塗りで内部に金箔が張ってある仏壇を中心に、大小さまざまなサイズがずらりと並ぶ。

「彦根仏壇の特徴は120センチほどの幅があって大型であること。4尺壇とも言われます」と井上さん。
高品質の素材をふんだんに使うことから高級大型金仏壇の代名詞ともされるほど。2000万円の値がつくものもある。

大きいサイズは、圧倒的迫力。内部のつくりは宗派によって違う

彦根仏壇の製造は「工部七職」といわれ、「木地(木工)」、「宮殿」、「彫刻」、「錺金具(かざりかなぐ)」、「漆塗り」、「蒔絵」、「金箔押し」という7つの工程を、それぞれの専門職人が仕立て、仏壇店が最後に部品を組み上げて完成させる。
この七職を、彦根とその周辺地域を拠点とする職人のみで成立させている。
井上さんによると、国内には15の金仏壇の産地があるものの、現在自らの地域ですべての工程をまかなっているのは、その半分もない状況だという。

もともと彦根で仏壇づくりが始まったのは江戸時代中期のこととされるそうだ。
いくさの時代が終わったことで、武具づくりに関わっていた職人が仏壇づくりに転身。
その後、彦根藩主が仏壇づくりを保護し、仏壇を家に設けることが一般化したことによって、産地としての体制が整っていった。
部品が、職人から職人へと渡り工程を進めるため、職人同士が集まって生活する方が便利と、いつしか七曲りに関連店が集まった。
「ただ七曲りは洪水の被害にたびたび見舞われた地帯。歴史を伝えるものは残っていないというのが本当のところです」

レトロな店舗や町家などがひしめくなか、白と黒を基調にしたモダンシックな外観

井上仏壇では仏壇の卸・販売を行っていて、仏壇製造に関しては各職人に製作を発注し、最終工程である組み立てを担う。
つまり井上さんは、七職の技の素晴らしさや貴重さを最も間近で見て、感じている存在。だからこそ芸術品として価値を伝えようとしてくれる。

そんな七職の世界を、実際に体験してみてほしいと行っているのが「工芸体験」だ。

金箔押しにチャレンジ!

体験の会場は、店舗2階。蒔絵、漆塗り(塗り箸)、金箔押しの3コースがあり、それぞれ体験しやすいスタイルにアレンジされている。
今回は金箔押しを実際に体験させてもらうことに。

ここでは井上仏壇スタッフの北川陽一さんがレクチャー。
「仏壇に貼り付ける金箔は、金を0.0001ミリ、つまり0.1ミクロンの薄さまで延ばしたもの。仏壇の大きさにもよりますが、仏壇1本を仕上げるためには、一辺109㎜の正方形の金箔を1400枚以上使うんですよ」と基礎知識を教えてもらう。

仏壇を数える単位は『本』だとも教わる

体験では、黒の下地がついた六角形の木型に金箔を貼っていき、モチーフを浮かび上がらせていくという流れ。
モチーフは用意された図案を使うのもよし、時間の融通がきけば自分で創作するのもよし。

まずシールタイプの用紙に図案をかたどり、木型に貼る。
モチーフを金にしたければ、モチーフ部分の型を抜き、逆に下地を金にしたければモチーフ部分のみかたどった図案を貼っておく。

位置も考えつつ、図柄の型紙を張る

続いて接着剤となる溶剤を刷毛で木型に塗り、さらに布で余分な溶剤をふきとっていく。
「仕上がったときの金の光沢の具合は、このときのふき取り方次第です。拭きムラがないようにしないといけないのですが、拭き取りすぎても接着効果がなくなってしまうので気をつけてください」

本来の仏壇製造では、接着には漆を使う

光に透かしながら状態を見つつ、いよいよ金箔押し。
箔箸(はくばし)と呼ばれる竹製のピンセットで金箔をつかみ、いったん手に移してから、木型へ置く。
それを真綿でそっと押さえるようにして金を貼っていく。

「わずかな風でも金箔が飛んでしまうために、窓は開けられないし扇風機などはもってのほか。今でこそエアコンを使えますが、かつて夏場は大変だったと思います」
体験は風の心配のない部屋、しかし金箔のはかなさを痛感する。手に置くとき、木型へ移すとき、金箔がいとも簡単によれてしまうのだ。
わずか10センチにも満たない木型での作業でも息を止めるほどで、平べったく載せるのが難しい。
これを仏壇サイズでやり遂げていく職人さんの細やかな神経、集中力はいかほどか、想像すらできない。

箔箸を使って、金箔を手に移した後に木型に移す。緊張の一瞬

最後に紙をはがしたら完成!
しかしながらまだ安心してはならない。金箔は傷や摩擦ですぐに剥離してしまうそうなのだ。
「鞄のなかにそのまま入れ他の荷物との摩擦が起こってしまって、気づいたらただの元の真っ黒い木型だったということにならないように気をつけてくださいね」と北川さんから念をおされる。

型紙を剥した瞬間現れる図柄に改めて感動

こうした体験だけではなく、職人さんの実際の工房への見学ツアーとのセットプランも用意されている。
「体験のみをしていただくのも良いのですが、ぜひそちらを薦めます。せっかくなら伝統工芸のディープな部分までぜひ知ってほしいんですよ」と井上さん。
この言葉には井上さんの大きな課題が背景にある。

仏壇づくりの技を新しいジャンルで

「仏壇製造の技術をいかに広め、受け継いでいくか」
10年以上に渡って井上さんが考え続けていることだ。

戦後から高度経済成長期を経て景気が良かった仏壇製造販売は、住空間の変化や少子化、そして海外からの安価な製品の台頭に苦しむようになる。昭和40~50年代には彦根に150軒ほどあった販売店や職人は、今その1/4程度になってしまったという。

「このままでは職人の技術が絶えてしまう」
しかし仏壇は海外では売れず販路は限られている。国内であっても買い替えを頻繁にするものでもない。
仏壇づくりの技術を、現代のライフスタイルに寄り添わせるためには――。
井上さんは国内、海外へと繰り返し出向きリサーチを重ね、プロダクトデザイナーとタッグを組み、新しい道を模索し、その模索は現在進行形でもある。

「伝統の技をなんとしても継承しなければならないとの思いが原動力」と井上さん

新たな道のひとつが、店内の一角に並ぶ、木製のコーヒーカップやトレー類。
黄緑や黄色がポイントになった北欧の雑貨のような雰囲気で、実は、カフェ雑貨のブランドとして井上さんが立ち上げた「chanto(シャント)」の製品なのだ。
彦根仏壇の漆塗り職人が、独自の技で漆と顔料を混ぜ合わせて色を作りだし、手塗りしている。

「chant」のアイテム。黒や赤といった漆のイメージが覆る

さらに店内の奥には、「ウォッチワインダーケース」なるものも。一見すると小型の仏壇なのだが、内部はウォッチワインダー(自動巻き腕時計の巻き上げ機)16個を収納できる。
外側は赤みを帯びた総漆塗り。扉の裏には春の桜と秋の紅葉が金蒔絵で。内側の扉を開くと、金箔を押した屋根や鳳凰(ほうおう)の欄間……。七職の技術がすべて詰め込まれている。

仏壇製造技術を昇華させたウォッチワインダーケース。価格はなんと2500万円

高価な腕時計を収集するような海外の富裕者層に向けて開発してきたもので2017年に完成、完全受注生産品だ。

別タイプのウォッチワインダーケース

時代の転換と共に武具づくりの技を仏壇づくりに生かした彦根仏壇。
井上さんの挑戦は、彦根を代表する伝統工芸のルーツとも重なって見える。新しい時代に彦根仏壇は向かおうとしているようだ。

「仏壇店というと関係のない人には敷居の高いかもしれませんが、仏壇を鑑賞したいなというだけの来店でも大歓迎です。お待ちしています」
彦根が生んだ“作品”をぜひ堪能してみてほしい。


井上仏壇

滋賀県彦根市芹中町50
TEL:0749-22-1587
営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜日
店舗:http://www.inouebutudan.com
chanto関連商品:http://www.chanto.org/
ウォッチワインダーケース:http://www.inouehikone.jp/
工房見学・工芸体験:http://www.craft-workshop.jp/

工芸体験 要予約1,300円(税込)~
工房見学&工芸体験ツアーは参加人数によって値段が変動(10人の場合、1人3,900円(税別)など)。工芸体験も記事より本格的になる。

Date